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③を書いてて楽しくなれなかったので(自分にとって)楽しいことをかく
そもそも、わざわざ文章にして残そうと思ったことに理由がある。別にただ大切な人との出会いを書き記したかっただけではなく、本質の話をしてみたかった。
私がお砂糖文化を冷笑していた理由として、あまりにも滑稽な理由でお砂糖を欲しがる人を目にしすぎたからだ。
現実からの逃避、人とのコミュニケーションや恋愛からの逃避、何からも逃げて楽な方へ流れて「これでいいや」の妥協で他人を消費するのはいかがなものかと思ってたのだ。
そもそも恋愛であったり、友人関係であってもコミュニケーションからは逃げられない。だって相手は人だから。
自分も人間であり相手も人間である。人である以上、感情がある。そこからは一生逃げられないと私は思う。
もちろん、本当に苦手で一人で生きていく選択肢は否定しないし有だと思う。そこから逃げるくせに妥協点として他人を消費する根性が気に食わないのだ。
②の時、撫でていいですか?と聞いて現お砂糖と初めて撫であった時「撫でに技術って必要ないと思ってて、結局は相手が喜ぶかどうかだから、ギミックとか技術とかが先行してしまうとなんか違う気がする」という話が出た。向こうから出て、自分が思ってた事と全く一緒で驚いた記憶がある。
これだと思うんだ、お砂糖文化の本質的な部分。
本来は人と人のコミュニケーションのその奥にあるものが「お砂糖」という関係性だと思う。
実際今も、試行錯誤の毎日だ。お互いに知識も何もないスタートだったせいで、何が普通で何をすべきかもわからない。でも「お砂糖」という関係性に縛られず、互いに心地いい時間を過ごしたいという本質的な部分にフォーカスをあてると驚くほどに勝手に体が動く。
より良い時間を過ごしたい、相手によい気持ちになってほしい、その時にぶつかる技術面のことなんかは、どうにかして解消していってるが。
技術というか、過ごし方というのだろうか?
今までなんでVRCでは皆鏡を見て過ごすのか全く理解出来なかったのだが、今ではなるほど~と思っている。
我々のVRは触覚を感じることができない。だから鏡を見て、ここに触れられているなとか、撫でてくれてるなと自分がアンテナを伸ばして感じ取りに行かなければならない。これを技術というかはわからないが、相手からの好意や愛情を受け取るにあたって必要な知見だなとすごく思っている。
そしてすごく面白い部分だなとも思う。
現実では、嫌でも触られれば触覚で感じる。近寄られればにおいを感じる。体温を知る。それは自分が感じたいと思って感じるものではなく、現実の体についた性能のおかげで自動で感じ取れる。
でも、VRは違う。相手を感じたい、知りたいと思わないと成り立たない。触れてる事を知りたければミラーを用意して自分を眺めるし、あなたにキスをしたいと思えば聞こえるようにリップ音をだして愛情を伝える。どこで喋ればどう聞こえるか、考えて声をかける。視界にどう映ってるか考えて撫でて、どこに触れたら喜んでもらえるか考えながら手を動かす。
現実よりも「受け取り手」を意識してする行動は、とても愛情に満ちていると思う。自分が気持ち良くなりたいという感情より、どうしたら自分の気持ちが伝わるかを常に考えている気がする。今あなたに触れたいよ、とか。あなたに触れられて嬉しいよ、とか。
なんというか、だからこそすごく、何とも言えない気持ちになることもある。本質的には相手を思いやらないと成立しない、魂同士の関わり合いなのに、表面上の気持ちよさや楽しさ、ステータスとして固執した関係を「お砂糖」と呼んでしまってる現実に少し寂しさを覚えることもある。
まぁお砂糖という文化に明確な定義はないし、私たちのようなお砂糖もいれば快楽を求めるお砂糖もいるだろうし、友人関係のようなお砂糖もいれば、相方的なお砂糖もいるだろう。もちろん現実に干渉するお砂糖だっている。
別に誰かを否定したいわけではないのだ。ただ偶に、そういう偏見を自分も持っていたからこそ「自分もお砂糖います」とはっきり言えない今の風潮にうーんとなる日もある、という横道のさらに横道の話だ。
話を本筋に戻すと、私が思うお砂糖文化というのは、思ってたよりもすごく深い、実は現実でもすごく難しいことをやってのけてるのではないのか?という話。
現実は五感があるので感覚に甘えがちだ。自分の気持ちよさを優先しがちだし、相手の気持ちを汲みたい、感じたい、知りたいとここまで深く思うことは少ない気がする。
頭につけた変な機械を外してしまえば消えてしまう、目をつぶれば何をされてるかだってわからない。
逆に、変な機械さえつけてしまえば24時間どこに居ても現れてしまう。本当に不思議な関係だと思う。
この関係性の正解はなんなのか、と気になる日もある。
存在しない美男美女のまま、夢のままで終わらせるべきか
全てが壊れる覚悟で現実へ干渉しに踏み出すのか
毎日会えるのだから短い時間でも日々会うべきなのか
普通の恋人のように、休日にだけ会って特別な感覚を保つべきなのか
繰り返しだが、本質としては最上級の思いやりとコミュニケーションで成り立つ関係性だと思う。多分、そこも相手と話し合って正解を導き出していくしかないのだ。
と、なんとなく書いてて楽しいことを何も考えずにつらつらと書いてみた。文科系INTP論理学者丸出しである。
何が言いたかったのか?と言われると難しいが
私たちは意外に小難しいことをしてるのかもね、という話なのかもしれない
想像以上に現実世界では感情という存在はあいまいで形のないもので、ヴァーチャルリアルになった時にやっと形づいていくのかもしれない、相手に届けたいという強い思いが私たちを成長させていくのかも、と思うとなんだか近未来的だ。